42歳で起業したおっさんの末路(途中経過)

19/07/29 22:08:03     19/08/09 10:17:26

はじめまして。

アルマサーチで記事を書かせてもらうことになったプログラマの土橋です。

今回から、私が会社を辞めて42歳で起業することになった顛末を等身大に発信していこうと思います。

退職を妻に伝える

会社を辞める、と妻に伝える瞬間は、緊張した。

LINEの送信ボタンと指が、磁力で反発しあっているようだった。

30秒ほどためらったのを覚えている。

副業バレ

2018年11月。部⻑から、小会議室に来るように、と呼ばれた。

私は会計系プログラマーで、このときは自社管理会計の仕事をしていた。経営陣向け・株主向けの経営帳票を作る仕事だ。2年前に私自身で管理会計システムを完成させて、それをそのまま運用する形で、この仕事を受け持った。

この時は11月で、半期決算の数字を固めた直後だった。なにかミスがあったのかな、と思いながら小会議室に向かった。

小会議室には部⻑がひとりで座っていた。机の上には、厚さ5cmほどの紙の束が置かれていた。部⻑は、少し笑っているような、それでいて緊張感が張り詰めているような、独特な表情だった。

私が椅子に座ると、部⻑は口を開いた。

「君、副業してるね︖」

来るべき時が来たか、と悟った。

私は副業を全て実名で行っていた。講演なども請け負っていた。だから、バレるのは時間の問題だろうと考えていた。この紙の束は、私が副業していることの証拠を印刷したものなのだろう。この時の部⻑の独特な表情は、お前は意外とイタズラっ子だったんだな、というような感情が現れたものだったのだろう。

「はい、してます。」

「どっちを取るの︖」

「副業を、取ります。」

自分でも驚くほど迷いなく、この言葉が私の口から流れ出た。会議室に入ってから、ほんの30秒ほどで結論は固まった。

「…一応、総務部から伝言を預かっているから、それを伝える。」

総務部からの伝言として、私が行っている副業に対する総務部としての解釈、取り得る選択肢を説明頂いた。

部⻑は、伝言の他にも、いくつかのことを話してくれた。私の会社内での仕事の印象や、私の副業に対する主観的評価などだ。即刻クビ、ということではなかった。会社として、取り得る選択肢を提示してくれた。それらの選択肢は、固く就業規則を守った範囲内のものであったが、私への配慮も感じられるものだった。

私が手がけていた副業は、今は企業に買ってもらっているけれど、もともとはボランティアとして無償提供していたものだ。それほど利益を求めているわけではなかった。その点も、会社側で調べ上げていたらしい。だからこそ配慮してくれた、という面もあるのだろう。この会社の誠実さを感じた。

色々と苦労もあったが、こういう誠実な会社だからこそ、私はこの会社で10年間も働けたのだと思う。

「ご配慮頂いてありがとうございます。一応、妻とも話した上で最終的な結論としたいです。明日の朝まで待って頂けますか︖」

「わかった。明日聞かせて。」

それで、この場の話は終わった。部⻑は、余計な言葉を言わない。これは私の人生としての決断であるから、私の決断に介入するべきではないと思ったのだろう。私は、この部⻑も、その上にいる取締役も、強く尊敬していた。このお二人は、私のサラリーマン人生の中で最も尊敬した上司だ。

サラリーマン人生の最後の上司がこの人たちなら、終わり方として悪くないかもしれない。

妻への連絡

会議室での話が終わり、定時を迎えた直後、会社を出て妻に冒頭のLINEをした。

久しぶりに、妻と二人で居酒屋に行き、酒を飲みながら話した。私は、副業の仕事を続けたい、ということを話した。本業の会社に残るには、副業の仕事は手放さなくてはならなかった。だから、本業の仕事については、辞める以外の選択肢は無かった。妻は度胸がある人だ。私の話を淡々と受け入れた。

妻は、私の行動を制限しない。私の自宅から会社までは、通勤時間が片道1時間半かかっていた。副業に時間を投入したかったので、ここ2年ほどは、会社の近くに家を借り、そこに住んでいた。別居したということだ。それを妻は、ほとんど拒否反応もなく許した。

居酒屋では、私の本業の仕事のこと、副業の仕事のこと、私と妻のこれからの関係について話した。仕事のことは私の中で結論が出ていたので、重要なことではあるが、話はすぐに終わった。私の事業を継続するために本業の会社を辞める、という結論について、妻は意見せず、受け入れた。

私と妻のこれからについては、⻑く話した。妻と2年間離れて住んだが、お互いに不幸になっているようには思えなかった。妻も同意見であるようだった。子どもたちも同様だ。だから、婚姻関係を継続する意味が薄くなっていると感じていた。その観点についても話した。妻は、この点でも度胸がある。事実から目を逸らさない。離婚を現実的な選択肢として冷静に考えることができる。

こういった妻の強さを、私は生活のさまざまな場面で感じていた。この点で、私は妻を強く尊敬している。私は、尊敬できる人たちに囲まれて過ごすことができている。幸せなことだ。

退職

翌日は、定時よりもずっと早く出社し、部⻑へメールを送った。

退職を選ぶということ、退職に伴ういくつかの細かな条件の確認、退職までのオフィスでの振る舞い方についての相談を書いた。部⻑が出社した後、調整のために少し会話した。その日の午前中に、私と部⻑との間では退職の方針が決まった。正式に退職が決まるのは、総務部側の判断が固まってからだ。

それから2週間ほど後に、退職が確定した。

退職後・事業の失敗

退職後は、自分の事業としてのシステム開発・サービス開発を行った。

多数の困難があり、作っていたシステムは、事業としては失敗し、たくさんのお金が失われた。これから何回かに分けて、私の失敗した事業について書いていこうと思う。

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